高校無償化 学ぶ権利の理念おとしめるな(愛媛新聞3月24日)
高校無償化の実現は、子ども手当とともに鳩山政権の生命線だ。「学ぶ権利の保障」は民主党が野党時代から掲げてきた金科玉条である。法案は近く成立し、4月1日施行の見通しとなった。
公立高に授業料を納める必要はなくなる。私立高の場合は世帯年収に応じて就学支援金を決め、学校側が生徒に代わって受け取る仕組みだ。
画期的に思えるが、実は先進国ではごく当たり前。国際人権規約は高校と大学の学費を段階的に無償化することを定める。各国の取り組みにばらつきはあるが、すべての者が学業の機会を得る権利を有するとの理念は広く共有されていると考えてよかろう。
ところが日本は31年前に規約を批准しながら、学費無償化条項を留保し続けた。歴代自民党政権はあれこれ理由をつけて先送り。わたしたちも払うのが当たり前と思わされてきた。規約加盟160カ国のうち、条項を留保するのは日本とマダガスカルだけだ。
いまや日本の高校進学率は97%を超えており、制度的裏付けとしても無償化が求められる。とはいえ大きな政策転換にちがいなく、財政との相談も欠かせない。法案は3年後の見直しを明記する。公立と私立の扱いの差、制度補完を自治体まかせにした点など検証と議論を重ねたい。
が、学ぶ権利の保障という高い理念を政権みずからおとしめる発言が相次いでいる。
朝鮮学校の除外問題だ。中井洽拉致問題担当相が除外を求めたのが発端だった。拉致問題の進展がないなか、北朝鮮への圧力の一環と位置づけたいのだろう。鳩山由紀夫首相は賛意を示したが、のちに「拉致問題と関連させず、教育内容で判断する」と前言を翻し、余計に話が混乱した。
朝鮮学校は学校教育に類する教育を担う各種学校のひとつで、いまは国立を含むほとんどの大学が受験資格を認めている。インターハイや全国高校ラグビーにも参加する。実質的、社会的に「高校」と認知される証左であろう。
国連の人種差別撤廃委員会は先週、日本に9年ぶりの勧告を出した。朝鮮学校を除外する案が「子どもの教育に差別的な影響を与える行為」だと懸念し、適切な措置を求める内容だ。重く受け止めるべきなのは言うまでもない。
閣内で十分に議論を尽くした上での問題提起だったのかどうか疑問だ。結果、北朝鮮に非難の口実を与え、国内世論を分断する事態を招いては逆効果である。拉致問題の無策をさらしたともいえる。
無償の対象を外国人学校にまで広げた英断も色あせてしまう。「教育内容の判断」を第三者機関に委ねたのは政治の無責任。外交問題と直接関係のない子どもを巻き込まないのが大人の責任だ。
公立高に授業料を納める必要はなくなる。私立高の場合は世帯年収に応じて就学支援金を決め、学校側が生徒に代わって受け取る仕組みだ。
画期的に思えるが、実は先進国ではごく当たり前。国際人権規約は高校と大学の学費を段階的に無償化することを定める。各国の取り組みにばらつきはあるが、すべての者が学業の機会を得る権利を有するとの理念は広く共有されていると考えてよかろう。
ところが日本は31年前に規約を批准しながら、学費無償化条項を留保し続けた。歴代自民党政権はあれこれ理由をつけて先送り。わたしたちも払うのが当たり前と思わされてきた。規約加盟160カ国のうち、条項を留保するのは日本とマダガスカルだけだ。
いまや日本の高校進学率は97%を超えており、制度的裏付けとしても無償化が求められる。とはいえ大きな政策転換にちがいなく、財政との相談も欠かせない。法案は3年後の見直しを明記する。公立と私立の扱いの差、制度補完を自治体まかせにした点など検証と議論を重ねたい。
が、学ぶ権利の保障という高い理念を政権みずからおとしめる発言が相次いでいる。
朝鮮学校の除外問題だ。中井洽拉致問題担当相が除外を求めたのが発端だった。拉致問題の進展がないなか、北朝鮮への圧力の一環と位置づけたいのだろう。鳩山由紀夫首相は賛意を示したが、のちに「拉致問題と関連させず、教育内容で判断する」と前言を翻し、余計に話が混乱した。
朝鮮学校は学校教育に類する教育を担う各種学校のひとつで、いまは国立を含むほとんどの大学が受験資格を認めている。インターハイや全国高校ラグビーにも参加する。実質的、社会的に「高校」と認知される証左であろう。
国連の人種差別撤廃委員会は先週、日本に9年ぶりの勧告を出した。朝鮮学校を除外する案が「子どもの教育に差別的な影響を与える行為」だと懸念し、適切な措置を求める内容だ。重く受け止めるべきなのは言うまでもない。
閣内で十分に議論を尽くした上での問題提起だったのかどうか疑問だ。結果、北朝鮮に非難の口実を与え、国内世論を分断する事態を招いては逆効果である。拉致問題の無策をさらしたともいえる。
無償の対象を外国人学校にまで広げた英断も色あせてしまう。「教育内容の判断」を第三者機関に委ねたのは政治の無責任。外交問題と直接関係のない子どもを巻き込まないのが大人の責任だ。